プロローグ |
きっかけは一つのエラーだった。 イトウケンジは、JavaScriptのイベントを組み込んだのホームページを製作し管理していた。JavaScriptとは、ホームページ上で、ちょっとしたイベント処理をさせるための簡易スクリプトだ。イトウケンジは自分のホームページに、ダイアログメッセージを表示するスクリプトを組み込んでいた。 ある日、イトウケンジは不用意なパソコン操作をしてしまい、プログラムが強制終了され、ダアログにメッセージが表示された。 「このプログラムは不正な処理を行ったので強制終了されます。問題が解決しない場合は、プログラムの製造元に連絡してください。」 イトウケンジは思った。 「システムが重要なメッセージを表示させるためのダイアログと、スクリプトによって表示できるダイアログは同じだ。システムが表示するようなメッセージをダイアログで表示させれば、おもしろい。」 イトウケンジは開設したばかりのホームページ「死ぬまでにいくらかかるのかな」のおまけのコーナーに、このスクリプトを設置した。 ボタンを押すと「ハードディスクの全てのデータを削除します。この作業は中断できません。」とメッセージが表示され、次いでその作業が進行しているかのようなメッセージが次々と表示されるだけの単純なものだった。 まったく同じ要領で「ウィルスをダウンロード」というダイアログを表示させるだけの、第二弾を作った。 そのコンテンツに、度胸だめしと名づけた。 |
始動 |
設置した翌日、イトウケンジは我が目を疑った。掲示板に度胸だめしの感想が山のように寄せられていた。来る日も来る日も反響は寄せられ、すべての書き込みを見ることすら困難になった。 イトウケンジは困惑した。 当時イトウケンジは、「生まれてから何日たったのかな」と「死ぬまでにいくらかかるのかな」という二つホームページの普及に心血を注いでいる最中だった。 二つのサイトののスクリプトは、開発費用と一ヶ月の時間をかけ、丁寧に組み上げたものだった。苦労して作り上げたコンテンツより、ダイアログを表示させるだけの、単純で馬鹿げたものが反響を呼ぶことに戸惑いを感じた。 しかし、残されるコメントを見ながら、イトウケンジは思った。「人を楽しませることと、高度な技術が盛り込まれていることとは、別のことだ。このコンテンツも愛してやろう。自分にしか作れない立派なものを作ってやろう。」 イトウケンジは度胸だめしの開発に本格的に取り組み始めた。 |
女性アナ | 今日は度胸だめしを開発されたイトウケンジさんにお越しいただいています。 |
男性アナ | 最初はただのおまけだったんですね。最初の反響はどんなものだったんですか。 |
イトウケンジ | メインコンテンツの感想が一つも寄せられずに、度胸だめしの感想だけで掲示板が埋め尽くされました。「面白い」というメッセージがほとんどでした。 |
男性アナ | そのことが最初は納得いかなかったようですが。 |
イトウケンジ | ええ。それまで、ものすごく苦労して二つのホームページを育ててきましたから、メインのコンテンツよりも「度胸だめし」だけが反響を呼んだことには戸惑いました。 |
女性アナ | さて、いよいよ度胸だめしの本格的な開発が始まります。順調にいくかと思われた度胸だめしの前に、思わぬ壁が立ちはだかります。 |
独立 |
「絶対安全で、誰もが楽しめるプログラムを作ろう。」 「誰も見たことがないコンテンツを作ろう。」 イトウケンジはスローガンを掲げた。 イトウケンジはスクリプトの研究を一からやり直した。数値や演算子は得意だったが、他のスクリプトはまったく知らなかった。教えてくれる人は誰もいなかった。JavaScriptに関する書物を買いあさった。 プログラムを書いてはテストする。その作業を繰り返した。そのたびにパソコンが凍った。たまらずパソコンが悲鳴をあげた。 「このままではパソコンが壊れる。」 限界を超えおかしくなっていくパソコンを前に、イトウケンジは自分に言い聞かせた。 「パソコンのことは気にするな。品質はホームページの命だ。テストを徹底しろ。」 訪問者のパソコンに危険な負担をかけない数値の割り出しのために、テストは繰り返された。面白いと思えるアクションと、危険なアクションとは紙一重だった。そのぎりぎりのラインを探った。 第一弾はダイアログが絶妙の間を持って表示され、その間はブラウザの全ての操作が出来ないプログラムを作った。 第二弾はDOSの画面を再現した。フルスクリーンで黒いページを表示させると、パソコンの電源が落ちたように見える。そこに文字を高速でスクロールさせた。スクロールさせた文字はYahooアジアのHTMLタグという、ギャグも忍ばせた。 かくして度胸だめしは、リアルな動作と恐怖を伴うイベントになった。 イトウケンジは思った。 「誰も見たことのないコンテンツだ。」 完成した二つのコンテンツを、「死ぬまでに、いくらかかるのかな」から独立させ、一つのホームページとし公開した。 |
公開 |
「このホームページを見てください。」 イトウケンジは完成したホームページを宣伝して回った。 しかし、どこに行っても相手にされなかった。リアルなアクションが人々を怒らせた。強制終了をして途中でやめてしまう人が続出した。ホームページを宣伝した書き込みが、荒らしとして扱われた。一日に何十通もの苦情メールが届いた。中にはウィルスを添付したものもあった。 「こういう悪質なホームページはすぐに閉鎖するべきだ。」 「人を脅かして何が面白いのだ。」 人々の言葉がイトウケンジに突き刺さった。 イトウケンジは信じていた。 「このジョークは必ず受け入れてもらえる。」 イトウケンジは必死でホームページを守った。 「このホームページを見てください。」 「このホームページで遊んでください。」 来る日も来る日もイトウケンジは頭を下げ続けた。 イトウケンジは心の中で自分に言い聞かせた。クリアさえしてもらえば、必ず笑ってもらえる。楽しんでもらえる。そして、一度やったら他の人にやらせたくなるはずだ。必ず訪問者数は増えるはずだ。 |
迷い |
訪問者は少しずつ増え始めた。度胸だめしをクリアした後に表れるページに設置した掲示板にも、書き込みが増え始めた。 一見、イトウケンジの読み通り、順調にヒット数を伸ばしいてるかのようだったが、イトウケンジには気がかりなことがあった。 第一弾、第二弾の二つのイベントをクリアして交流広場に来るのは、訪問者の3割だった。7割りの人間は途中で度胸だめしをやめてしまう。 度胸だめしを紹介した人が、本気で怒られている場面を、あちこちの掲示板で見かけた。強制終了したために生じた不安を語り合う掲示板も多数あった。楽しいサイトとして人気が出ているのではなく、いかがわしく、怪しく、うさんくさいホームページがあると言うことで話題になっているだけに過ぎなかった。 訪問者の増加とともに、苦情や嫌がらせのメールも増え続けた。 イトウケンジのメールサーバーがパンクした。 「怖すぎるかもしれない。」 イトウケンジは迷っていた。人を怖がらせることが目的ではない。楽しんでもらえなければ意味がない。ヒット数が伸びているが、楽しいから伸びているのではない。楽しいと思ってもらえなければ、度胸だめしは悪質サイトと同じだ。 「このまま、このホームページを運営することは、はたして正しいのだろうか。」 イトウケンジの信念が、少しずつ揺らぎ始めた。 |
男性アナ | 最初は誰にも相手にされなかったんですね。驚きました。 |
イトウケンジ | ええ。ずいぶんいじめられました。 |
女性アナ | 7割りの人が、最後までたどり着けないというのはすごいですね。 |
イトウケンジ | 掲示板には「面白かった。」「ぜんぜん怖くないから、もっと怖がらせてもいい。」というような書き込みばかりなので、一見分からないのですが、データが示しているのはそうじゃなかったんです。 |
男性アナ | ずいぶん悩まれたようですが。 |
イトウケンジ | ホームページの閉鎖も考えていました。 |
女性アナ | このあと、状況を一転させる出来事が起こります。 |
転機 |
「度胸だめしを紹介させてください。」 突然の申し出が舞いこんだ。申し出たのは東京ウォーカーの編集部だった。 イトウケンジは迷った。東京ウォーカーで紹介されたら、東京ウォーカーが非難され、苦情が殺到することにならないだろうか。 東京ウォーカーの編集部員は言った。 「その時はその時です。ユーモアを受け入れてくれる読者がどれだけいるか試すつもりでやってみましょう。」 東京ウォーカーの1/2ページを使い、カラーで写真付で度胸だめしが紹介された。 その号が店頭に並んだ日に、イトウケンジはアクセス解析の画面をじっと見つめていた。 訪問者数も、訪問者のうち達成した人の数も大きな変動は現れなかった。ヒット数が伸びなかったことにがっかりしたが、混乱が生じなかったことにホッと胸をなでおろした。 結局、雑誌への掲載は、何ら影響を及ぼさなかったかに思えた。 |
逆転 |
一ヶ月ほど経ったある日、アクセスが一気に増えた。 雑誌を見た大きな有名ホームページが次々と度胸だめしを紹介したのだ。個人のホームページからのリンクもそれに合わせて増え始めた。有名ホームページや、馴染みのあるホームページからのリンクであることが、人々の安心に繋がり、達成する人の割合も増えていった。 その割合は、達成する人7割、途中棄権をする人3割と、以前のデータを逆転する形となった。逆転劇は静かに進行し、誰の目にも映らなかったが、イトウケンジだけはそのドラマを見続けていた。 「もう大丈夫だ。」 これから先は、訪問者がホームページを成長させてくれると、イトウケンジは思った。 |
男性アナ | 一度は閉鎖も考えたとのことですが、長いたたかいでしたね。 |
イトウケンジ | はい。(涙をすすりながら) |
女性アナ | 現在でも様々な反響があるようですね。たとえば「怖くなかった」とか、「つまらない」という声がよく書き込まれますが、それはどう感じていらっしゃるのですか。 |
イトウケンジ | 本当につまらなければ、誰も何も書かないと思うんです。わざわざ、つまらないと言いたくなるということは、それなりに刺激があったということだと考えています。 なにより、人を怖がらせることを目的としていませんから。 |
男性アナ | ずいぶん有名になられて、生活に何か変化はありましたか。 |
イトウケンジ | 何もありません。 |
女性アナ | 成功の理由は何だと思いますか。 |
イトウケンジ | 意外に思われるかもしれませんが、これは文章の書き方がポイントだと思っています。 プログラムはそれほど難しいものを組んでいません。そして、ただブラウザがいろいろ動くだけでは、誰も楽しんでくれません。「こういう怖いことをします」と言ってから、それっぽい動きがあるので、面白いものになる訳です。プログラムで驚かせているのではなく、ただ単に言葉で脅かしているだけなのです。 |