オレのあだ名と言えば、イトケンだ。
人生の様々な場面で、イトケンと呼ばれてきた。
オレだけでなく、世のイトウケンジ君は全員、イトケンと呼ばれているだろう。
安易で短絡的で安っぽいあだ名だ。何より、言葉の響きが良くない。
オレの場合、これ以外にもあだ名を与えられ、イトケンと呼ぶ人は少ないと言う点で、幸せだった。もっとも、オレはイトケンと言う安っぽい名前で呼ぶには相応しくない、荘厳なオーラをまとった存在だと言うともあるが。
しかし、世のイトウケンジは君はイトケンと呼ばれ続けて一生を終える。
「イトケンの一生。」
ああ、何て安っぽく重みのなさそうな人生だろう。
「名探偵イトケンの事件簿。」
緊迫感に欠けるね。
「イトケンクラブ。」
なんか猛烈に頭悪そう。
「イトケン汚職事件。」
うむ、これは本当にありそう。
いずれにしてもダメです。こんなの。
もし、あなたの知り合いにイトケンがいるのならば、今すぐイトケンと呼ぶのをやめて下さい。一人でも多くのイトケンを救いたい。あなたの小さな勇気で、沢山のイトケンが救われます。イトケンに愛の手を。
ところで、渡辺君のあだ名と言えば、必ず、ナベだ。男だろうと女だろうと、ナベだ。ナベちゃんだ。君の友達にも一人ぐらいはナベちゃんがいるはずである。
イトケンよりナベが不幸なのは、ナベちゃんのお兄ちゃんもナベだということだ。弟も、妹も、お姉ちゃんも、やっぱりナベだ。お父さんやお母さんだってナベだ。親戚が集まればナベの大群だ。
渡辺君の家に遊びに行った時には、安易に「ナベちゃんっ。」と呼ばないように気をつけなければならない。家族全員が反応して振り向くから。怖いから。
ところで、もし、オレがワタナベケンジだったとしたら。オレはナベケンだったろうか。
いや違う。その時はやっぱりナベだ。ナベに対して、ケンはあまりに無力だ。
前置詞がイトならばケンは省略されない。と言うことは、イトはナベより弱いと言うことだ。つまり、イトケンはナベより弱いという訳だ。
なんてことだ。イトケンに愛の手を。
|